スヴャトスラフ・リヒテル 初心者でも分かる評価

      2017/03/05


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みなさんピアノの練習はされていますか!

こちらの記事では私が独学で練習する際

参考にしているピアニストを紹介しています

 

今回は

幻のピアニスト

 

スヴャトスラフ・リヒテル ~Sviatoslav Richter~

 

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ピアノとの出会い

リヒテルはウクライナのジトミールにて生を授かりました

 

幼少の頃からピアノに長けており

天才的な才能を発揮

さらに本格的にピアノを22歳から習い始め

1945年に全ソヴィエト音楽コンクールに優勝

そしてスターリンが亡くなったときには

葬儀の場で演奏をするまでになっていました

演奏のレパートリーが広く

どんな曲でも高いクオリティで弾くことができたといわれています

 

国の争いごとに翻弄される

共産主義と資本主義とのはざまで

共産主義圏では演奏が許され認知度は高まっていましたが

資本主義圏の国へ演奏に行くことは許されず

しかしライブ音源のレコードだけは市場に出回り聞くことはできたため

「幻のピアニスト」といわれるまでになりました

 

1960年には資本主義国(西側)での演奏許可がおり、

総本山であるアメリカでの演奏を皮切りに

そこからイタリア、イギリス、フランスそして日本など世界ツアーを敢行して

世界的名誉が確実なものになっていったのです

 

1970年初来日

 

大阪万国博覧会が行われのと同じくして来日も決定。

あの噂の「幻のピアニスト」が初来日するわけですから

話題沸騰で主催者も大変張りきったことでしょう

 

ただ張り切りすぎたためなのか

ピアノの選定で問題が起こり

もしかしたらリヒテルが弾かないまま帰ってしまうのではないかという

事態にまで陥りました

 

その問題とは

日本中から選りすぐりのピアノをかき集め

リヒテルに選ばせたのです

 

「悪い話ではないのでは?」

と一瞬思うかもしれませんが

 

考えてみて下さい

 

一流の各メーカーが「幻のピアニスト」に是非弾いてほしい!

との願いが込められている

一押しのピアノがずらりと並んでいる訳ですから

どれを選んでも何も言われない訳がありません

 

ですが、

しかしそこはリヒテルの大人の対応で

会場備え付けのピアノを選んだことにより

無事に収束して

演奏も成功に終わり大団円に終わります

 

その件とは別にリヒテルは日本が気に入ったのか

晩年まで贔屓にしていたといわれています

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気難しい人柄

 

突然曲目を変えたり

途中で止めてしまったり

ドタキャンしたりと

気難しい人だと思われがちですが

 

そうではなくて

 

感受性が豊かで

とてもシャイで

完璧主義なところが

わがままだと誤解されたりしました

 

演奏スタイルの変化

 

晩年は演奏スタイルが変わり

ピアノには必ず楽譜を置いて、

会場全体を暗くし

ピアノだけスポットライトが当たるようにして

小さな会場で行うことがほとんどになりました

 

楽譜も実際に見ているのではなく、

置いているだけという表現が適切かもしれません

 

そのスタイルが気難しい人という印象を顕著にしました

 

まとめ

・幼少からピアノの才能があり

22歳から本格的に習うことでさらに開花

・冷戦に翻弄された半生おくる

・西側で演奏することがなかったため鉄のカーテンの向こうに

幻のピアニストがいると噂された

・気難しい性格だとされ理解されづらい人物であった

・晩年は独自のスタイルを切り開いた

 

いかがだったでしょうか

近代のピアニストは戦争に翻弄されたピアニストが多く

もし戦争がなければ・・・と思いふけってしまいます

 

では

みなさん楽しいピアノライフを!

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